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埼玉県民は「東京の人に対するコンプレックスが強い」らしい

農村地帯の気質を気持ちまっすぐに受け継いだ埼玉県民。

キャッチフレーズは「脱・東京コンプレックス」!?県のそのものの形状を侮辱され続けても、のほほんとしていて正直者。

埼玉県に住む人は、このまで納得のいかない評価を受けてきた。

やれ「ダサイタマ」だの、やれ「埼玉都民」(東京に通勤・通学する埼玉県民)等々、埼玉の独自性を知らん顔したり、埼玉県人のプライドを傷つけたりするような評判が世間に広がっていた。

間違いなくサツマイモは名産ですが・・・

埼玉県の形は「サツマイモ」にそっくりであるとか、いまさらどうしようもないようなことまで挙げられる。間違いなく、川越の名産はサツマイモだが。  

けれども、そういったことはなんの根拠もない、単なるイメージにすぎない。

埼玉(深谷市)からは「日本実業界の柤」といわれている渋沢栄一という偉人が出ているし、その他……まあ、たくさんの偉い人が出ている。

総理大臣だって……と言いたいところだが残念ながらまだ出ていない。がもしかしたらこの先出るかもしれない。 

政財界は別にしても、スポーツの世界では案外埼玉はメジャーだ。

プロ野球でちょくちょく日本一になってことのある西武ライオンズは所沢を拠点としているし、サッカーでも日本一、人気のあるチーム、浦和レッズも埼玉だ。 

埼玉県人は「ダサい」だの「センスがない」だのいわれるが、東京・日本橋にある高級くだもの店の千疋屋の創業者は埼玉県の人であることを知っているだろうか。

芸能人、山手の御婦人等、セレブな方が利用されるあの店を、いったい誰がダサいと言おうか。

1834(天保5)年、江戸・日本橋の付近にくだもののお店を開いた千疋屋弁蔵は、なにを隠そう埼玉郡千疋の郷(越谷市)の生まれ。

彼自身が生まれ、そして育った地名をつけたのが千疋屋なのだ。 自慢できるものはあるのに、どうしても埼玉県人は「東京の人に対するコンプレックスが強い」。

何をするにも、しょせんは東京のモノマネだと理解され、より一層東京人には張り合う意識が募る。

それから、気持ちのなかには「あの東京さえなかったら、埼玉が関東地方の主要都市なのに……」という思いさえくすぶってしまうのだ。

農作物に表われる「真面目さ」? 

埼玉県には大正時代からつくられている縁起のいい大豆の種類がある。いったい誰が名前をつけたかその名は「借金なし」。

この大豆、虫や病気に強くて、一度実れば、あっという間に借金がなくなるほどいっぱい取れるという。 

だからということではないが、埼玉県人はどんなに豊かな人がたくさんいるだろう思ったら、経済企画庁(現内閣府)が10数年以上も先に実施した「新国民生活指標」(通称「豊かさ指標」)の調査で、6年連続ワースト1という不名誉な記録を打ち立てたことがあった。

過去のことであり、現在は違うとは思うが、その当時の埼玉県は長い期間、豊かさには縁がなかったようなのだ。 

日々の生活が潤っているかどうかはともかく、埼玉県人は「正直」で「温和」で「親切」な人がたくさんいる。

東京のベッドタウンという立場で開発されるまでは、埼玉県は長きに亘り、広大な平地の農村地帯であり、農業が主な産業だった。農民にとって大事なことは村落のルールを守り、協力し合うこと。

そういった気質をまっすぐに受け継いだ「堅実」な県民である。  また、「のほほん」とした気質もある。

小麦中心とした食文化であった埼玉には、「朝まんじゅうに昼うどん、夜は裸で渋うちわ」といった、のほほんとした生活を表わしたことばが存在する。

朝一番からまんじゅうを食べる、古い昔は埼玉県の男の人は日々こんな暮らしをおくっていたようだが、それを支えたのが女房たち。

まんじゅうを準備するために、朝早く目を覚まして台所に立ったという。 もっとも、奥さんがそうやって夫につくせたのも、夫の収入が良かったからこそだ。甲斐性がなければ、つくしがいもないはず。 

昔、秩父に住む家庭では娘が嫁ぐ際に、娘に嫌な思いをさせないため、婿の家の資産状況を念入りに調べた。その判断基準になったのが「トチの木」。 

トチは、その実で餅をつくることができ、飢饉のときには食料になった。どこの家でもトチの木を植えて飢饉に備えたのだが、その本数が多ければ多いほど安心だ。

だから、秩父では娘の婿候補である青年に「トチの木は何本あるかね」と尋ねるのが習慣だったという。 やっぱり堅実だ。娘の幸福を願う親の心のうちは、いまも同じだろう。