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千葉県民は人を疑うこともほとんどなく「楽天的」で「のんびりしている」

江戸時代での漫才のボケ担当は千葉県民だった?

楽観的でのんびりとしている千葉県人には、実をいうと関西系の血が流れているのかも? 

なぜか垢抜けないだのマナーが悪いだのと噂されます が、海に面した土地由来の包容力のある天然ボケが関係?

県境が「河川」だらけだと、県民はどうなる?

日本各県の県土の中で、山や川、湖などを含めない平野や台地などを「可住地」といっている。要するに、可住地面積の率を確かめれば、県土全面のなかで「人が住めるところ」がどれだけあるかがわかるのだ。

その割合が一番大きいのが大阪府で、第2位が千葉県となっている。 千葉県は県そのものの面積も大きいが、その多くがが関東平野と台地。住居が多数建てられ、東京へ勤務する人たちへマイホームを提供している。

たくさんの「千葉都民」(東京に辿勤・通学する千葉県民)の誕生は、このように恵まれた千葉県の土地によるところが大きい。 

「千葉都民」の数が増えたせいなのか、千葉県は日本の都道府県のなかで、「故郷に対する愛着は最低クラス」という調査結果がある。

同様に、千葉県民だという気持ちも、土地のことぱに対する愛着も、他県と比較しても薄いという。 地元に対する愛が薄っぺらいもうひとつの訳が、地図を見ているとはっきりしてくる。 

それは、県境に山々が存在しないことだ。ふつう、県境というと「○○山を境に東側がA県、西側がB県」というところが多くある。

しかしながら、千葉県については隣の県である茨城県との境は利根川、東京都と埼玉県との境は江戸川。県の境目が山ではなく、川ばかりだ。 

さらに、県にある山も低く、最高峰の愛宕山にしても408メートル。他の山はほとんどが400メートル以下。

よって、千葉県には他県への流出や他県からの流入を阻止するような峻険な山が存在しないのだ。 

そんな寛大な自然界で育ったせいか、千葉県の人は人を疑うこともほとんどなく「楽天的」で「のんびりしている」という。

子どもたちも広い平野と台地を走り回るからか元気な子がたくさんいて、2012(平成24)年に文部科学省が行った「全国体力・運動能力・運動習慣調査」では、小中学生のいずれもが上位にランクされた(1位の年もあった)。  

体だけではなくて、ことばも”元気”だ。古くから千葉で農業や漁業を営んできた「千葉っ子」は、活力に溢れているぶん、ことばが”独特”なのだ。 

「おら、きのう、うみっぺた(海辺)、行ってきただっペー」-こういった言語を聞くにつけ、現時点での千葉県人には、何となく「垢抜けない」イメージをもってしまう。

そういってはお叱りを受けるかもしれないが、これは多くの千葉県人も受け入れているという。 

ただ、そういった千葉県人の垢抜けない、田舎くさい部分でかえって人気を集めた、歴史に残る偉大な人物がいた。日蓮宗の開祖である日蓮である。 

彼は安房の漁師の子として誕生し、鎌倉、京都で仏道修行をし、そののち鎌倉で「辻説法」をはじめた。鎌倉には現在もその跡地がの残っているが、そこで日蓮は道行く人に仏の道を説いた。

彼が教えることばは故郷で育った安房の田舎ことばだったのだ。 この飾り気のない田舎ことばは荒ぶった感じであるものの、人々の心に訴えるところがあったのだろう。

日蓮の辻説法は話題になった。囗蓮も自分のことばの効果を分かっていたようで、後に京都の弟子においては「京ことばなどつかわずに、田舎ことばで話せ」とあえて指示したという。

お国柄は、どのあたりで意義あるものになるのかわからないものだ。

「ツッコミ」より「ボケ」担当 

千葉県人の「天然ボケ」キャラクターの根源を思わせる話がある。 

ボケといったら漫才だが、そのルーツは、室町時代にまでさかのぽる。

例年新年に、天皇がいた禁裏というところで行なわれた「千秋万歳」(「せんずまんざい」ともいう)が起源といわれていて、それが武家や町家にまで広まった。といっても、天皇の前で新年を寿ぐ詞を申し述べる行事であり、「なんでやねん」「よ~やってられんわ」などといまどきの漫才のような滑稽な会話を見せたわけではない。 

江戸時代になると、「大和(奈良)万歳」や「加賀(石川)万歳」「秋田万歳」といったものが 他の土地から二人糾の万歳師が新春の日本列島を歩き回るようになる。江戸の町には例年、「三河(愛知)万歳」が訪ねてきた。

しかし、来るのは「太夫」と言われる主役の一人で、相方の「才蔵」は江戸で依頼するのが慣わしだった。

大晦日の夜、江戸・日本橋にて「才蔵市」という「採用面接試験」を開き、そこでお気に入りの相方を見つけるのだ。実のところ採用するのに注意点があった。

それは、才蔵は現在の漫才でいう「ボケ」役であること。そんなわけで、愛嬌があり、とぼけた容貌(あほ面ともいう)でなければ務まらなかったらしい。 

そのため、才蔵市には、見る人が「よくもこれほどしまりのない顔が集まったものだ」と思わずうなるほど、見事なばかりのとぽけ顔の男性が勢ぞろいした。 

それはそれで圧巻だが、このとぼけた顔をした男性たちがほとんど上総や房州、つまり千葉県から足を運んできたのだ。 

そもそも千葉県は、「安房」や「勝浦」「白浜」といった地名から見てもわかるように、その昔、徳島や和歌山から人が移動してきた。いってみればアメリカ合衆国のようなもので誰でもウエルカム。

そういった土壌を持っている千葉県の人は「明るく」「開放的」であり、「陽気」で「遊び好き」。古くから人を笑わせ、幸福をもたらす県民だったんだろう。