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地味なイメージのある佐賀県~実は食べるものがすごい!

保守的なのは『葉隠』のメンタルを受け継いだから?

「がばい(とても・すごい)ばあちゃん」のもったいないという気持ちは健在。つまづいてもタダでは起きません。

がんこで闘争心も強い佐賀県民。有田焼のお里は、陶磁器購入額も実は日本一。

佐賀県は、東は「九州ナンバーワンの大都市」福岡県、西は「ハウステンボスで話題を呼ぶ観光都市」長崎県に挟まれ、何だか地味な感じがする。

日本の地図を開いて都道府県の位置を指し示そうとすると、パッと指せない県のひとつでもある。もっといってしまうと、九州地方の県名を順番にいうとき、たいがい最後の方に出てくるのも佐賀県ではないだろうか。

どうして佐賀県は羊羹の購入額が国内一なのか

印象こそ地味ではるが、佐賀県は実のところとってもすごい県なのだ。なにがすごいのかって?食べるものがすごいのだ。有明海産の板海苔の生産高は国内トップで、2位の兵庫がそれ以下を大きく引き離している。

ハウスみかんの収穫高も国内1位で、これについても2位の愛知県以下を大きく引き離し、日本全国のほぽ4分の1を占めている。それなのに、静岡や愛媛や和歌山のみかんの方が知名度が高い。ここでも、佐賀県は損をしている。

イカだって、北海道の函館が有名ではあるが、玄界灘に面した呼子(唐津市)で水揚げされるイカは、グルメな人の間では日本一美味しいと言われている。

さらに、牛肉においても、佐賀牛はアジアで   は高級和牛ブランドと位置付けられていて人気が高く、香港にも輸出されている。

でも、アジアより日本国内で評判を呼んだほうがもっといいのに……と思っている佐賀県の人もたくさんいるだろう。

意外に広まっていないのが、銘菓である小城羊羹。佐賀市の北西にある小城市で製造されている羊羹で、口露戦争のころは保存食として戦場に送られたほど。

佐賀を代表する「食」のひとつで、佐賀県に住んでいる人はこの羊羹を実によく食べる。なにしろ佐賀市の一世帯あたりの羊羹購入金額は、年間1808円(2008~2010年)。

日本全国の県庁所在地平均793円の2倍強である。「佐賀県人は羊羹が好きとじゃ」と語りながら、羊羹を頬張る県民の顔が想像できる。さらに、羊羹だけに限らずお菓子も大好き。

だからというわけではないが、江崎グリコの創業者である江崎利一や、森永製菓の創業者の森永太一郎は、二人とも佐賀県出身。

しかし、なにより、佐賀県には有田焼や伊万里焼といったとても有名な焼き物もある。 今となっては、佐賀県を「地味」とは発言させない。

「なんしぎゃあ、負くっきゃあ(なにを、負けるもんか)」とは、佐賀県人がよくつかうことばで、実をいうと「闘争心も強い」。

県民の「ゴミの排出する量」が極端に少ないワケ 

佐賀県人の性格を言い表わしたことばに「佐賀県人が通ったその後は草もはえない」というものがある。

路傍の草であっても食べることができると思えば持ち帰るほど「もったいない」という心構えがあり、「質素倹約」精神に富んでいるという意味らしい。

まあ、平たくいえば、「吝嗇」「ケチ」ということだ。 このような評判に佐賀県人は黙ってはいない。「ケチは鍋島の殿様ばんた(ですよ)。

自分はたらふくうまいものを食べたばってん(けれども)、領民にはおちゃがい(お茶粥)しか食べさせなかばんた」-なので、一般大衆は贅沢したくてもできなかったというのだ。 

目立ってはいないが、「いい仕事」はします 

幕末から明治維新にわたって、薩摩(鹿児島県)、長州(山口県)、土佐(高知県)、肥前(佐賀県)の各藩は討幕と新しい政府の樹立を後押しし、「薩長土肥」と並んで称されている。

けれども、肥前に限っては動きが遅く、維新の流れに乗り遅れたこともあって、四藩の内ではなんだか影が薄い。 

また、薩摩には西郷隆盛が、長州には高杉晋作が、土佐には坂本龍馬が、という風に維新の顔ともいっていい英雄が存在したが、肥前には彼らのような英雄がいない。

というわけで、ここでも佐賀は忘れられがちだ。 そういったどこか損をしているような佐賀県だが、それでも明治の新政府においては、江藤新平、副島種臣、大隈重信といった逸材を送りだしている。

佐賀県の人は「まじめ」で「几帳面」、しかし「口数が少なく」「社交性に欠ける」。

また、「自分自身に厳しく」何となくストイックなところがあるという。現代でも、職場には「黙ってモクモクと仕事をする」人が必ずいるが、佐賀県の人はそんなタイプである。

けれども、会社にはこういったタイプの働き手がいないと成り立たないように、国でも会社でも、佐賀県人は組織内でいい働きをする人が多い。ただ地味というだけではないのだ。