kanagawa

おしゃれなだけじゃない神奈川県には「ウリ」がいっぱいある

インターナショナルでセンスがあるというイメージが強い横浜。

いにしえのよき歴史を伝えている鎌倉。国内を代表する湯治場の箱根。かまぼこと言ったら小田原。

それから、東京の人も憧れる湘南の青い海……。なかでも、自動車の「湘南ナンバー」に高い支持率があるように、湘南のイメージは非常によいですね。

かつての石原裕次郎、加山雄三、最近ではサザンオールスターズというように「湘南ボーイ」は若年層のあこがれでありつづけている。

「東海道線」と比べてみても「湘南電車」のほうが、どこか明るく、旅行した気持ちにもさせてくれる。

そんな人気のある湘南だが、実際のところ、どこからどこまでが湘南地方になるのか、明確に決められているわけではないという。

その理由に、「湘南地区行政センター」の管轄地には藤沢市や茅ヶ崎市・寒川町・平塚市・伊勢原市・大磯町・二宮町・秦野市などが含まれている。

横須賀市や三浦市・葉山町・鎌倉市・逗子市は管轄外なのだ。

ところが、「タウンページ」の湘南編で掲載されている地域は、横須賀市・三浦市・葉山町・鎌倉市・逗子市・藤沢市・茅ヶ崎市・寒川町であって、平塚市・伊勢原市・大磯町・二宮町・秦野市などは記載されていない。

見たところ、湘南というのは「神奈川県の相模湾に近い地域」を漠然と指すようだ。要するに「言ったもん勝ち」のようなものだが、それだけ人気があるということか。

「他の人に興味がない人が多い」と思う~80%

素晴らしいところがたくさんある神奈川県だから、あるリサーチでも「親近感を感じる県」「住みたい県」の上位にランキングされている。

また、「自分の住む県が好き」という人の比率も神奈川県は高い。まさに自他ともに納得する好感度バツグンの県だ。

しかし神奈川県の県民性は、「第三者には深く介入しない」「個人主義」「合理的」という見方がある。

とらえようによっては「クール」ともいえるが、何となく「人と人の繋がりが薄い」という感じもする。

県民の人自身もそう感じているようで、「自分のことばかりで他の人に興味がない人が多い」と感じる人が調査対象の80%もいたという。

とくに、自分のことばかりでベターな考えをするのが「ハマっ子」と呼称される横浜で育った人たち。

ハイセンスで人あたりもよく、教育水準の高い人も多くいる。

自由で公平という欧米風の気構えもつちかわれ、日本の旧来の因習、しきたり、近所づき合いのようなものは得意じゃないなのかもしれない。

ところで、神奈川県には県内において2番目の都市・川崎市もある。

川崎といえば、かつては工業地帯、そして風俗店のたくさん存在する町として知られていたが、いまは「再生フロンティアプラン」で印象も変化しつつある。(ハマっ子だけが神奈川の県民じゃないんだぞ、というのが「崎っ子」(?)のライバル意識か。

新しいものが大好きで好奇心旺盛=とにかく旅行へよく行く

港ヨコハマのおかげで神奈川県には以前から異国文化が広く伝わり、県民の文化水準が高くなり、「インターナショナル」で「ハイセンスな」「おしゃれな」イメージがとても強い。

習慣やファッションなどにおいては「日本の首都である東京より神奈川のほうが上」という「誇りも高い」。そんな神奈川県人の意外な傾向といえば「旅行好きが多い」ということだ。ある調査をした結果によると、「旅行に出かける人が多い県」のナンバーワンにランクされている。

「好奇心が旺盛」で「新しいものが大好き」というわけだ。そんな神奈川県人の実話を二つ紹介しよう。

●アイスクリーム発祥の地

明治維新によって新時代が始まったばかりの1869(明治2)年5月のこと、横浜の馬車道で氷水屋を経営していた町田房造は、自分がつくった「あいすくりん」を販売した。

これが日本国内で初めて販売されたアイスクリームで、値段は二分。その当時の女子工員の月の給料が四分だったというから非常にぜいたくな品。

売れても売れなくても、世の中に紹介させてしまうのが新しいものが大好きな神奈川県人。

実際には、まったく売れなかったという。その後三年経って、横浜の中川嘉兵衛は、アメリカより輸入した氷が横浜の港に荷揚げされるのを目にして、「こんなもの、日本国内でもつくれるはず」と一念発起。

いちはやく、富士山の山頂を目指して氷を取ってきた。しかし、横浜に到着するころにはすっかり溶けて水に……。

もっと山の奥深い水でなければダメだ」と思い、東北地方の山奥を訪れて探したが、納得のいく氷が見つからない。

こうして探し回ったあげく、ようやくたどり着いたのが遠く北海道の函館だった。

五稜郭のお堀の水質がいいことがわかって、ここでできた氷を東京・銀座まで運んだのだ。商品の名前は「函館氷」。

センスのいい神奈川県人らしくない、そのまんまの呼び名だが、これはよく売れたという。

こうして新しもの好きな神奈川県人は、アイスクリームのかたきを氷で討ったのです。新しもの好きには、人には見せない労力がつきまとう。

●関東の中心とされていたのは鎌倉だった

このようなふるまいに「古い都・鎌倉」の面影が出る神奈川県には斬新な文化が息づく横浜の「洗練された都会」の顔とは違う、歴史の重さを伝える「古都」鎌倉の面持ちがある。

いうまでもなく、鎌倉はいまから800年以上も昔に源頼朝が幕府を開いて、その政治や軍事の中心の地として栄えた都市。 

その頼朝をお手本として、徳川家康が江戸に幕府を開いたのが、今よりさかのぼること約400年前。

いまでこそ「東京は日本の首都、世界各国からの情報が集まる一大都市」と言われているが、そのはるか昔は、鎌倉が政治の中心となった場であり、その後も関東の中心とされていたのは鎌倉だったのだ。