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鳥取県は安全で安心な住みやすい県~過去には国内ナンバーワンだったことも

鳥取砂丘があって、二十世紀梨や有名な松葉ガニもあるというのに、「地味」だといわれてしまうのはどうしてだろう?

それでも、軽自動車の所有率は国内一。雨がよく降るエリア因幡(いなば)と風がとても強いエリア伯耆(ほうき)の風土の違いくらい、皆さんにもわかってもらいたい!

鳥取県は、日本国内の都道府県で最も人口が少ない。その数、約59万人(2010年)。

東京都の足立区は約68万人(2012年)や熊本市約73万人(同)と比較しても少ない……にもかかわらず、どうしてなのか空港は富山県内に2ヵ所もある。東に位置するの鳥取空港、西にある米子空港だ。 

しかし、それもそのはずで、日本地図を見てみるとわかる通り、鳥取県は東西に細長い。距離にして約120キロ。

鳥取市などが存在する東半分は、元々「因幡国」と呼ばれていた。あの有名な「因幡の白兎」の物語の舞台となったところだ。 

その一方、米子市や倉吉市、「鬼太郎のまち」として知られている境港市の位置する西半分は、かつて「伯耆国」と呼ばれた。 

「雨の因幡、風の伯耆」-では性格はどれほど違う?

いま現在でこそ鳥取県という一つの県におさまっているが、この2つの「国」の気質はとても違っていた。その違いを言い表わしたことばがたくさんある。

そのひとつを上げてみると「雨の因幡、風の伯耆」というのがある。 これは両区域の気象状況の違いを表わしたもので、因幡国、つまり鳥取県東部というのは雨が多い。

そのため、この地域にも「弁当忘れても傘忘れるな」といった教訓となる言葉が伝えられている。

一方の伯耆国、鳥取県西部では一年を通して、大山からの吹きおろしと日本海から出雲平野を通り抜ける西風がビュービュー吹いている。 

雨か、風かいずれにしても住みづらい。とくに雨は気持ちを暗くするし、外出するのがおっくうになってしまう。

降りつづけるジメッとした雨を眺めて、「しようがない。雨が止むまで待とう」という毎日をおくってきたから、因幡国に住む人は「忍耐が強く」「ねぱり強い」。

でも、出不精になったせいなのか「消極的」だともいわれている。 一方、伯耆国に住む人は一年中風にさらされているせいか、軽く温厚で「開放的」。

「陽気」で「社交的」で「活動的」な人が多数。だから(?)行政の中心こそ県庁のある鳥取市に譲ったが、経済の中心となっているのは米子市。商売は社交的で積極的な伯耆国人のほうがあっている。

しかしながら、やや「遠慮ない」ところが見えるのが難点とも。鳥取の方言では、忍耐力がある、がまん強いということを「きいち」と呼び、遠慮ないことを「はりかけ」と呼ぶ。

そういうわけで「きいちな因幡、はりかけな伯耆」ともいうようだ。

調査で見る「暮らしやすさ」 

鳥取県は東部と西部で地域の特性がたいへん異なるのだが、東西をひっくるめた鳥取県に住む人の印象は、他県人からすると「地味」で「おとなしい」。

やっぱり、東部の「きいち」な因幡国のイメージが強く残っているようだ。ただ、いろいろ言われようが当の鳥取県人はいたって元気であり、暮らしぶりも良好。

調査によれば、所得の水準こそ日本全国の都道府県のなかでも鳥取県は中より下であるが、住居にかかる費用や食費が安いので暮らしはラク。

そのため、貯蓄高も多い(1615万円、2011年)。経済企画庁(現内閣府)が行なった「新国民生活指標」(通称「豊かさ指標」)1998年版においても、鳥取県は「労働」分野で、一番「仕事しやすい」県とされていた。

なんでも、中高年者の就職する率が高いそうだ。その他、刑法犯罪の検挙率は国内で第2位(2012年)。

人口あたりの医者の人数も十分なので、鳥取県は安全で安心な住みやすい県なのである。そんな生活をしやすい県に住んでいるからなのか、鳥取県に住む人はボランティア活動へ参加する率も日本国内ベスト3。

そんなデータを目にしたら「鳥取県人は消極的」だとは言わせない。

「リーダー」が生まれづらいのは、どうして?

鳥取県人は「負けん気がない」とよく言われる。その理由の一つと思われるのが、県内の小学校に広がっている「平等主義」。

子どもたちに序列をつけるのは「差別」につながってしまうとして、クラス内に「学級委員長」を配置しなかった。

他の県にも学級委員長や同じような意味合いの学級委員などを置かない小学校が存在するが、鳥取県については20数年くらい前から、県内全部の小学校がそういった状態だったというから、徹底している。