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「くよくよと悩まない」「楽天的」な福岡県の人の性格

福岡県に住む人がその他の九州に住む人と違うのが、注目を浴びていたい、いわゆる目立ちたがり屋という性格。

芸術家や作家、スポーツ選手に芸能人のさまざまな分野で活躍している人の多さを見てもうなずける。

博多どんたく・博多祇園山笠~お祭り大好きの楽天家?

ものの本に、「飾る風ゆえ、ついに何事も成就せず。ただし、めずらしき、華奢の国なり」 としたためられたように、楽しむことやお祭り騒ぎが大好きだ。

「華奢」というのは「華やかであってぜいたくなこと」をいっているが、祭り好きの福岡県民の気質は「博多どんたく」や「博多祇園山笠」に代表される豪壮な行事を目にすれば一目瞭然。

目立った人が勝ちである。このような血筋はずっと前から引き継がれている。久留米藩第七代藩主の有馬頼僮も、相当な目立ちたがり屋であった。

江戸の三田に存在した上屋敷に、高さ三丈(約9メートル)という江戸一番の火の見櫓を建設し、「湯も水も火の見櫓も有馬名が高し」(有馬温泉も有馬の水天宮も名が知れていたため)と称された。 

そんな火の見櫓を建てたくらいの殿様なので、火が上がれば「待ってました」と言わんばかり、錦絵から飛び出したような華なやかで美しい火事装束で馬に乗って、火を消す際の先陣を切った。

もはや火消し人と言うよりファッションショーのモデル気分。殿様はとても機嫌がよかったが、藩の財政はどんどん悪化してしまい、期待されていた財政再建は結局のところ成就しなかった。 

にも関わらず、「くよくよと悩まない」「楽天的」な福岡県人は、財政さえも「気にすることはなか」…であったのかもしれない。

素敵な女性が多いが、その件については「博多の地域限定」

福岡県には美人が多く住んでいるといわれる。その上、「情は奥深い」し、「自分自身の考えをきちんと持っている」「しっかり者」だというから、福岡県の女の人を奥さんにした旦那さんは幸福者だ。

そのためだろうか、サラリーマンを限定とした調査では、福岡市は「転勤してみたい都市」や「生活してみたい都市」の上位にランクされ、「東の札幌」に対して「西の福岡」といわれるほどサラリーマン達からの人気が高い。

そういった福岡の美人をかねてから「博多美人」と言って、色白で九州鉄火の気風のよさを受け継いだ男まさりの美人と言われる。

これほどまでにほめられると、福岡の女の人は誰一人として嫌な気はしないだろうが、ちょっと待てである。古くから博多美人というふうにはいうが、「福岡美人」ということばはそれほど聞かない。

「そげんこと、福岡も博多も同じじゃなかと~」と言われるかもしれないが、だとすれば、どうして山陽新幹線の終点は「福岡駅」でなくて「博多駅」なのだろうか。

東京のサラリーマンも「福岡支社を訪問してきた」とか「博多へ飲みにいった」とつかい分けをしている。では、何が違うのか。実のところ江戸時代、福岡と博多は別の町だったのだ。

那珂川の東が博多で西が福岡。それが明治に入ってからひとつになり「福岡市」になった。さらに同市が政令指定都市に変わると「博多区」ができて、「博多」の地名が復活したという事だ。

そんな理由から、福岡の女の人が美人だといったとしても、全県の女の人のことではなく、あくまでも古くから博多地方に住んでいた女の人にかぎる……などと細かいことを述べる男性は、男まさりの福岡の女の人から「そげんことは、どうでもよか!」とどやされる。

高知県民と比較するとどちらが酒に強いか? 

一時期、若者たちの間でブームになった「一気飲み」。

グラスにつがれたお酒を休息することなく飲み干す、酒豪を誇示するような飲み方だ(危ないのでやめたほうがいい)。その一気飲みの元祖ともいえる人が、いまから四百年ほど前の福岡にいた。

福岡藩士母里太兵衛。その名前を聞いたところでピンとこない人が多いかもしれないが、「黒田節」のモデルとなった人物である。 

あるとき、太兵衛は福島正則から大盃にめいいっぱいつがれた酒を差し出されて、「飲み干したら望みのものを与えよう」と一気飲みを無理強いされた。

すると太兵衛、それをぐいと飲み干して、正則が宝にしていた名槍「日本号」をもらい受けた。