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群馬県民の男は「義理に厚い」女は男性顔負けの「しっかり者」

海は存在しないのに気は荒い、義理人情にも厚い……侠客肌の似合う県。木枯し紋次郎は例外か?     

「上州名物、かかあ天下に、からっ風」と言われるように、越後山脈を乗りこえてくる群馬県のからっ風は半端でなく寒い。

そんな厳しい気象状況のなかで成育したせいか、群馬県人は「強気」で「短気」で「ことぱが荒い」。

逆に考えると、「正直」で「曲がったことが許せない」性格だという。そんな真面目な性格ゆえに損をした人もいた。 

まっすぐすぎるのももったいない

上野国(群馬県)安中落主の堀田正俊は、「犬公方」といわれた徳川綱吉に重用され、大老にまで出世した。正俊が綱占にかわいがられた一番の理由は、将車就任に功があったからだといわれている。

綱吉の将軍就任にあたっては、実のところひと悶着あって、何の問題もなかったわけではない。

前将軍家綱につかえていた大老の酒井忠済は「綱吉なんかに天下が治められるものか」と判断していて、京都から有栖川宮幸仁親王を迎えようとしていたのだ。 

忠清は「下馬将軍」と呼ばれたほどの権力者であり、ほかの老中は忠清の提案に同調せざるを得なかったが、そこでただ一人「異議あり」と異議を申し立てたのが正俊だった。

正直者で曲がったことが嫌いな正俊は「館林殿(綱吉のこと)という正しい血統の方がいらっしゃるのに、京から将軍を呼ぶというのはスジが通らぬ」と正論をぶちかました。

これには誰も反論できず、見事、形勢は逆転。綱吉はめでたく将軍に就任できたというわけである。 

ところが、正俊のひたむきな性格は、相手が将軍であろうと納得がいかないとなるとかみつくものだから、あれほど「正俊、正俊」と買っていた綱吉も、日を追う毎に煙たくなってきた。

そんなある日、正俊は突然、城中で刺殺されてしまったのだ。犯人は若年寄の嵋葉正休。犯行の助機はわかっていないが、一時、綱吉が正休に命じて正俊を暗殺したという心が流れた。 

曲がったことが許せないという、群馬県人ゆえの事件だったようである。

「群馬のかかあ天下」の真の意味 

東海一の大親分清水次郎長が静岡の行名人ならば、群馬にも任侠の世界の有名人がいる。 

「赤城の山も今宵かぎり……」の名高いセリフで知られる、ご存じ国定忠次(忠治とも書く)。

姓は「国定」であるが、国家公務員でもなければ国の定めのために働いたというわけでもない。それどころか、関所破りの罪で追われ、さんざん逃げ回ったあげくに捕まった犯罪者だ。

ところが、天保の大飢饉のときには有り金を崩して庶民を助けたという伝説もあり、義理と人情に厚い男として、今に至っても人気がある。 

そんな「男忠次」のDNAは受け継がれ、群馬県の男性には義理人情に厚い人が多くいる。 また、バクチ好きだった忠次にあやかったのか、群馬には「賭け事好き」もいっぱいいる。

それが証拠に、国内で唯一垣根のある競輪場「グリーンドーム前僑」をはじ め、県内には公営ギャンブルの施設が勢ぞろい。

競輪・競馬(高崎、現在は廃止)・競艇(桐生ごオートレース(伊勢崎)と、なんでもござれのバクチ天国。

郊外の幹線道路にはパチンコ店もたくさん立ち並んでいる。 群馬県人は「気前がよい」ことでも知られ、全国で一番「お金をよくつかう人が多い」という調査結果もある。

つかうお金のなかには、賭け事の費用が相当入っているのだろう。 一方、群馬の女性は「かかあ天下」と呼ばれるように、男性を尻にしく「女房関白」に見られがち。

群馬の女は強いという感じもあるが、それは大きな誤りだ。 群馬は古くから養蚕や名物のコンニャクの生産、小麦の栽培など農繁期が重なり、女性の仕事が多くあった。

それが群馬の女性を「働き者」にし、男性顔負けの「しっかり者」がたくさん育ったのだ。「かかあ天下」とは旦那の前で威張っているということではない。 

そんな働き者の奥さんたちが得意とする郷土料理が「おっきりこみ」。

こねてつくった幅広のうどんとダイコンーニンジンーサトイモなどを、土地のことばで「こたれる(どろどろになる)」まで煮込む「おふくろの昧」だ。  

ところが、このおっきりこみ、調理する女性によってはうどんがスイトンやタンゴといった変わりダネもあるらしい。だが、そこについては「大ざっぱ」で「細かいことを気にしない」群馬の女性。

ガハハッと笑って、終わりだ。