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とにかく人がいい宮崎県民~争いごとは好きじゃない

昭和の半分くらいまでは「新婚旅行のメッカ」となっていて、近年ではタレント知事の県” として注目されたり……宮崎県には昔もいまも観光客が訪れる。

そのわけは、亜熱帯性の樹木が生い茂るほどの温暖な気候にある。 そんな暖かい気候のなかで生活する宮崎県人もまた、「陽気」で「温かい」。

けれども、温暖な気候は人を「のんびり」させ、競争心を失わせ、「欲のない」人間を生む。  

「欲」がほとんどないので「損」をする 

明治に外交官として大活躍した小村寿太郎は宮崎の生まれだが、金や地位には無欲な人だった。

外務次官をしていたころ、在学時からの知人でいまは富豪になっていた長谷川芳之助か訪ねてきて、「小村君、いつまで貧乏な暮らしをしているんだ」とからかうと、「金を貯めると、気がおかしくなるからね」と答えたらしい。

ちなみに、長谷川は金稼ぎに夢中になり、神経を病んだことがあった。切り返しは得意なようだ。 

そんな無欲の小村は日露戦争を終わらせるため、1905(明治38)年9月、日本の全権としてアメリカのポーツマス講和会議に出席する。

いよいよ講和条約に調印するという日の前日の夜、小村は秘書を呼んで、こうたずねた。 

「ボクの位階は、なんでしたっけ?」 小村の位階は従三位だったが、次の日の調印にそなえ、いろいろと確認をしているなかで、自分の位階を忘れてしまったのだろう。小村は地位にも興味がなかったのだ。 

次の日、講和条約は調印されたが、勝った日本が賠償金を取れなかったため、小村は日本国民から批判された。全権が宮崎県人の小村でなかったら、日本は賠償金を取れたのだろうか。

のんびりしているのもまた、損をする。

味噌汁を冷やしたり、なますを温かくしたり

宮崎県には、宣伝したくなってしまうほど有名な郷土抖理がいくつもあるが、「人に対して親切」という宮崎県の県民性がとてもよく表われているのが「へべず」。 

古くに、平兵衛という農民がいて、宮崎県産の木酢を栽培していた。木酢は「カボス」にそっくりなかんきつ類で、香りが高く、しぽれば鍋にも酢のものにも重宝する。

平兵衛はそれを「一人で味わったのでは申しわけないちゃ」と、近所に住む人に分け与えた。 

そうすると、「ちゃらら(おやまあ)、なんていい香りだっちゃ」とあっという間に評判となり、ついには、どこの家でも娘が嫁ぐ日に苗をもたせるほどになった。

ほどなく、この木酢は「平兵衛酢」と呼ばれるようになて、それがさらに短くなって、へべずとなったというわけだ。 

この他にも県民性をうかがうことのできる食べ物が「冷や汁」と「湯なます」。冷や汁は、火にかけて乾燥させたアジやいりこをすりつぶし、味噌を入れて焼き、この焼味噌を出汁でのばして豆腐やキュウリを入れる。

これを冷蔵庫で冷たくして、熱いごはんにかけて食べる。宮崎県人の夏季には外せない定番メニューだ。

湯なますは、大根とニンジンを千切りにし、ワケギやイワシの切り身を入れた鍋料理。「なますを吹く」のは「あつものに懲りた」人だけかと思いきや、宮崎県人はあつものにしてなますを吹くという。 

通常であれば、熱いはずの味噌汁を冷やしたり、冷たいはずのなますを熱くしたり、宮崎県人は少々変わった食べ方が好みのようだ。

こういったことも「おおらか」で「ものにこだわらない」広い心の県民性の表われにちがいない。

「自分をアピールする」のは苦手? 

宮崎県の県民性をよく表わす田舎のことばが2つある。ひとつは「のさん」で、「きつい」という意味を持つことば。もうひとつは「よだきい」で「おっくう」という意味のあることばだ。

いわゆる、なにをするのも「のさん」とか「よだきい」とか意気地のないことばかり言うから、「行動力に欠ける」というわけだ。 

そんな県民性が育ったのは、ひとえに温暖な気候と豊かな自然のおかげ。食べることに困らないから必死に働こうとしなくなったといわれている。

たしかに、そのようにして食べていけるのなら、なにも他人と競争してまであくせくすることはないかもしれない。  

宮崎県人もそう思ったのか、誰かを押しのけるようなことを嫌っており、「親切」で「人づき合いがよい」人が多数いる。その代わり、「消極的」で「自己PRが苦手」というのも大きな特徴とされてきたようだ。